2013-11-01から1ヶ月間の記事一覧

内村鑑三 マタイ伝 35講 目の善悪

35 マタイ伝 11月24日は74回目の誕生日に家族で食事会、最も勘定はこっちが持つのですが。 孫が大きくなって、子供のいない(可愛げのない)家族です。 馬太伝六章廿二―廿四節、希臘(ギリシャ)語のハプルースとポネーロスとの研究、「山上の垂訓」の…

内村鑑三 マタイ伝 34講 金の価値

34 マタイ伝 金の価値 昭和2年12月10日『聖書之研究』329号 署名内村鑑三 馬太〔マタイ〕伝六章一九―二一節○路加〔ルカ〕伝十六章一―九節○同十二章十三節以下 ○金は決して無価値のものでない。金銭の無価値を唱ふる人に対しフランクリンの曰〔い〕うた言〔こ…

内村鑑三 マタイ伝 33講 信者と蓄財

33 マタイ伝 信者と蓄財 三月八日、今井舘附属柏木聖書講堂に於ける講演の一部分 大正3年5月10日 『聖書之研究』166号 署名なし 信者は財産を作つてはならない乎? 貧(ひん)は彼が択(えら)んで居るべき境遇である乎? 蓄財(ちくざい)は彼に取り罪悪であ…

内村鑑三 マタイ伝 32講 再臨信者の祈祷として見たる主の祈祷

32マタイ伝 再臨信者の祈祷として見たる主の祈祷 馬太伝六章九―十三節研究(五月十九日大阪天満基督教会に於ける講演の一部) 大正7年6月10日『聖書之研究』215号 署名内村鑑三 ○主の祈祷は基督信者の祈祷の模範であつて彼が毎日繰返(くりかえ)す所の者であ…

内村鑑三 マタイ伝 32講(31講ーその2)主祷の一節 (2)

32 マタイ伝―(31講-その2) 主祷の一節 (2) 明治40年11月10日『聖書之研究』93号「研究」 署名内村鑑三 「我儕を試誘に陥(おちいら)しめず、悪魔より拯出し給へ」と、然し原語の聖書に於ては二句の間にalla なる接続詞が加へてある、日本訳には除いて…

内村鑑三 マタイ伝 31講-その1

31 マタイ伝-その1 主祷の一節 (1) 31 マタイ伝-その1 主祷の一節 (1) 明治40年11月10日『聖書之研究』93号「研究」 署名内村鑑三 われらをこころみにあわせず、悪より救出(すくいだし)し給へ、国と権(ちから)と栄はかぎりなく爾〔なんじ〕の有なれ…

内村鑑三 マタイ伝 30講

30 マタイ伝 主の祈祷と其解釈―その2 (六月十五、廿二日) 大正8年9月10日『聖書之研究』230号 署名内村鑑三 述 藤井武 筆記 以上は過去の罪である、然しながら罪は後にあり又前にある、我等の前に当りて我等を罪に陥れんとする幾多の試探がある、故に「我等…

内村鑑三 マタイ伝 29講

29 マタイ伝 主の祈祷と其解釈―その1 (六月十五、廿二日) 大正8年9月10日『聖書之研究』230号 署名内村鑑三 述 藤井武 筆記 「主の祈祷」は基督者の何人も口にする所である、世界に知られたる語として斯の如〔ごと〕きはない、其の人類の歴史に及ぼせし感化…

内村鑑三 マタイ伝 28講

28 イエスの祈祷とその注解 耶蘇の祈祷と其註解 明治32年7月5日『東京独立雑誌』36号「講壇」 署名内村鑑三 天に在〔ま〕します我儕〔われら〕の父よ、 願くは爾〔なんじ〕の名を尊(たうた)ませ給へ、 爾の国を臨(きた)らせ給へ、 爾の旨(みこころ)の天に成…

内村鑑三 マタイ伝 27講

27 天国の宗教 天国の宗教 馬太伝六章自一節至十八節。 大正3年5月10日『聖書之研究』166号 署名内村鑑三 三月一日柏木聖書講堂に於ける講演の大意 慎めよ、汝等の義を、人の前に為〔な〕さゞるやう、彼等に見られんがために、若〔も〕し然らずば、報賞(むく…

内村鑑三 マタイ伝 26講

26マタイ伝 誤訳正解 馬太伝五章二十八節 大正元年8月10日 『聖書之研究』145号 署名内村鑑三 性慾の罪に就て語るは決して快き事ではない、之に大なる危険がある、罪を語て却〔かえつ〕て罪を想起(おもひおこさしむ)るの危険がある、我等は深き注意を以て此…

内村鑑三 マタイ伝 25講

25 マタイ伝 天国の律法 馬太〔マタイ〕伝五章十七節以下の研究 大正3年5月10日『聖書之研究』166号 署名内村鑑三 二月廿二日柏木聖書講堂に於ける講演の要点 律法(おきて)はモーセに由りて伝はり恩寵(めぐみ)と真理(まこと)はイエスキリストに由りて…

内村鑑三 マタイ伝 24講

24 マタイ伝 第二回夏期講談会に於て読まれし聖書の部分並に其略註 1901(明治34)年8月 第九日馬太〔マタイ〕伝第五章十三より十六節まで なんじらは地の塩なり、塩若し其味を失はゞ何を以てか故(もと)の味に復〔かへ〕さん、後は用なし、外に棄てられて人…

内村鑑三 マタイ伝 23講

23 マタイ伝 信者と現世 馬太伝五章十三―十六節の研究 〔マタイ〕大正3年4月10日『聖書之研究』165 署名内村鑑三 二月十五日、柏木聖書講堂に於て為せし講演の主要部分 信者は地のものではない、天のものである、世のものではない、キリストのものである、然…

内村鑑三 マタイ伝 22講

22 マタイ伝 イエスの教訓と其註解 明治32年5月15日『東京独立雑誌』31号「講壇」 署名内村鑑三 汝等は地の塩なり、塩もし其味を失はゞ味つくるに何を以てせん、後は用なし、戸外に棄てられて人にふまるゝのみ。汝等は世の光なり、山の上に建てられたる城市…

内村鑑三 マタイ伝 21講

21マタイ伝 地の塩 大正5年10月10日『聖書之研究』195号 署名内村鑑三 馬太伝五章十三節。 汝等は地の塩なり、塩もし其味を失はゞ何を以てかもとの味にかえさん、後は用なし外に棄られて人に践まるるのみ。 ○「汝等」少数の信者である、特に神に召されて万民…

内村鑑三 マタイ伝20講

20マタイ伝 山上の垂訓の読方( 高価なる基督教他) 信者に取りては神とは他(ほか)の者ではない、キリストである、天国とは他(ほか)の者ではない、キリストである、キリストを見た者は神を見たのである、神を識ること是れ永生である、而して神を識るとは…

内村鑑三 マタイ伝 19講

19マタイ伝 平和の祝福 大正3年3月10日 『聖書之研究』164号 署名内村鑑三 福〔さいわ〕ひなり、平和を求むる者は、蓋(そは)、其人は、神の子と、称(とな)へらるべければ也。馬太〔マタイ伝5章9節〕 「平和を求むる者」とは如何〔いか〕なる者である乎〔…