人間存在の根源

人間存在の根源

神は「命の木」から思いのまま自由に食べてもかまわないと命じました。しかし「善悪の知識の木」から取って食べることは禁じました。取って食べると必ず死ぬという警告が付いてました。それにもかかわらず、人間はこの警告を踏みにじり、取って食べました。
神によって創造された人間は命の木に留まるべきでしたのに、知識の獲得と蓄積に血道を上げてます。
人はあくまでも自分の責任において知識を追求し、知識の実をとり続けるのです、命の木の実を捨てて。
 
なぜならば、人は皆、生まれながらにして知識の獲得によって自ら神のようであろうと願うのです。それは、神の様な審判者であろうとするのです神の本質は愛と審判であるからです。
 
知識の木に向かって突進する人間は、自ら善悪に精通し、善悪の価値判断をすることが出来ると信じる。しかもそれが人間最高の善、神聖な義務だと信じる.この様な人間は、どうしても審判者であろうとする。自分自身には無罪を宣告し、他人には有罪を宣告する.これを人は誇りとする。楽しみとする。すべての人間は自分にはそうする資格があると信じて、自分にも他人にもその資格と権利を主張し、武装する。





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