内村鑑三 創世記 宗教と科学

宗教と科学
創世記第一章の研究
大正8310日、410 『聖書之研究』224225 
署名内村鑑三述藤井武筆記
 
〔其一〕(一月五日)
宗教と科学との関係殊に創世記第一章の研究は我国に於ても今より三四十年前には基督信者の最も興味を有したる問題であつた、然るに今は斯如〔かくのごと〕きは古き問題疾(とく)に過ぎたる問題とせられて顧みられない、大正八年の日本の青年に対して創世記第一章を講ずるが如きは近世思想の何たるを知らざる無学者の為(な)す所である、現代の活問題は国際聯盟と万国平和とである、何を苦〔くるし〕んでか四千年の昔に帰りモーセの著書の如きに就て宗教と科学との関係を研究するの必要あらんやと、之れ現代人の声であつて又現代の教会の声である、現代の教会に於て創世記第一章の真面目に研究せられたる事実の如き余は久しく之を聞かないのである。
 
然しながられいづれが果して真である乎、創世記第一章は果して我等に無関係なる古き記述に過ぎない乎〔か〕、将〔は〕た昔の信者の信じたる如くこは我等各自の信仰の根本に大関係ある貴き書である乎、暫〔しばら〕く忘却せられたる問題なりと雖〔いえど〕も今や更(あらた)めて再び之を研究するの必要がある。
 
而〔しか〕して創世記第一章に対し二個の反対説がある、或〔あるい〕は曰〔いわ〕く「之れ古き希伯来(ヘブライ)人の神話に過ぎず、今日科学的に何等の価値あるなし、唯僅〔わず〕かに骨董品として之を扱ふべきのみ」と、或は又近世の聖書学者等は曰く「興味ある
思想なり、バビロンの世界創造説をヘブライの信者が改訂したる者なり」と、かの有名なるF・デリツチが前独逸〔ドイツ〕皇帝の前に於てBabel und Bibel(バベルと聖書)と題する講演を為したる事あるは人の能く知る所である、乍併〔しかしながら〕若〔も〕し彼等の説の如くならん乎〔か〕、聖書は実に価値なき書であると言はざるを得ない、斯かる書を如何〔いか〕にして神の御言(みことば)として信頼する事が出来やう乎、斯かる書を天地は廃(う)せても廃(う)せざるものなりと言ふが如きは虚妄も亦甚〔はなは〕だしと言ふべしである、然しながら余輩は爾〔し〕か信ずる事が出来ない、馬太〔マタイ〕伝五章乃至〔ないし〕七章に在る丈け貴きものが創世記にも亦在るのである、殊に其第一章の如きは驚くべき記録である、之を研究するに由て独り学問上貴重なる真理を発見するのみならず、又信仰上最も豊富なる大真理を獲得するのである。
 
但〔ただ〕し聖書を研究するに当りて深く注意すべきは聖書は斯く言ふに相違なしと自〔みずか〕ら忖度(そんたく)すべからざる事である、聖書は果して何を教ふる乎、先〔ま〕づ公平に之を学べよ、而して後に之に対する自己の態度を定むべきである、聖書の言ふ所を自ら予定し聖書をして自己に賛成せしめんとするが如き現代人の態度は全く真理探究の途〔みち〕を誤まるものである。
 
創世記第一章第一節に於て天地創造の大事実は宣言せられた(本誌第二百二十二号を見よ〔本巻四一四頁〕)、其第二節以下は神の如何にして之を創造し給ひし乎其順序に就て述ぶるものである、而して天に関しては第一節の言を以て尽き二節以下に於ては主として地の創造を説く。
 
地は定形(かたち)なく曠空(むな)しくして黒暗(やみ)淵(わだ)の面〔おもて〕にあり、神の霊水の面を覆〔おお〕ひたりき(二節)事は幾億万年の昔に属す、淵(わだ)といひ水といふも未〔いま〕だ淵(わだ)あるなく水あるなし、然るにモーセは何故斯の如き文字を用ゐたのである乎、之れ所謂〔いわゆる〕「モーセ讒謗(ざんぼう)文学」の由て起る所以〔ゆえん〕である、インガーソル著「モーセ誤謬〔ごびゆう〕論」“Moses Mistakes 等にも此事を指摘して非難して居る、然れども少しく誠実を以て考へよ、物あり而して未だ之を表はすべき語なし、此処〔ここ〕に言者の苦心がある、例へば我国に於て今は「瓦斯〔ガス〕」と称するも始め物ありて未だ語なく之を表はすに術なくして遂〔つい〕に外国語を其儘〔そのまま〕用ゐたのである、我等自身にも亦其類の事実がある、何の語を以てするも表現する能はざるものがある、我等の霊の如き即〔すなわ〕ち之である、霊あり然れども語る能〔あた〕はず、茲〔ここ〕に於てか已〔や〕むを得ず一字を充てゝ之を「霊」と言ふ、モーセも亦然り、天地創造の偉大を表はさんと欲して其語を得ず、依て自己の有するあらゆる語を以て之にあてたのである。
 
地は「定形(かたち)なく」又「曠空(むな)し」といふ、希伯来(ヘブライ)語にて「トーフ」及び「ボーフ」である、定形なきの意を積極的及び消極的両方面より表はしたのである、「黒暗(やみ)淵(わだ)の面にあり」といふ、真暗にして混沌たるの意である、外は定形なく内は混沌たりといふ、然れども此混沌の上に何物か之を覆へる者があつた、「神の霊水の面を覆ひたりき」と、恰〔あたか〕も鶏の卵を擁(いだ)くが如く、母の児を抱(いだ)くが如く、神の霊が地の混沌を包み居たりといふ、然らば此混沌は決して混沌を以て終るべきではない、必ずや其中より何物かゞ出現せざるを得ないのである。
神光あれと言ひ給ひければ光ありき、神光を善しと見給へり、神光と暗を分ち給へり、神光を昼と名け暗〔やみ〕を夜と名〔なづ〕け給へり、夕あり朝ありき、是れ首(はじめ)の日なり(三―五節)
 
第一日は光の出現である、神光あれと言ひ給ひければ即ち光あり、定形(かたち)なき時に先づ光現はれたのである、実に荘大なる事実である。
神言ひ給ひけるは水の中に穹蒼(あおぞら)ありて水と水とを分つべし、……即ち斯くなりぬ、神穹蒼(あおぞら)を天と名け給へり、夕あり朝ありき是れ二日なり(六ー八節)
 
第二日は天地の分別である、神真暗なる水を上下に別ち其中間に或る場所を生ぜしめ給うた、即ち地は下に天は上に而して空間(firmament)なるものが其間に出来たのである。
 神言ひ給ひけるは天の下の水は一処(ひとところ)に集りて乾ける土顕はるべしと、即ち斯くなりぬ、神乾ける土を地と名け水の集まれるを海と名け給へり、神之を善しと見給へり、神言ひ給ひけるは地は青草と実蓏(たね)を生ずる草蔬(くさ)と其類に従ひ果を結び自ら核(たね)をもつ所の果〔み〕を結ぶ樹を地に発出(いだ)すべしと、即ち斯くなりぬ……神之を善しと見給へり、夕あり朝ありき、是れ三日なり(九―十三節)
 
第三日は地球上に於ける水と陸との区別である、神大洋及大陸又は島嶼〔とうしよ〕を作り而して直〔ただち〕に植生を発出せしめ給ふた、かくて地は緑樹青草を以て覆はるゝに至つたのである。
 神言〔いい〕給ひけるは天の穹蒼に光明ありて昼と夜とを分ち又天象(しるし)の為め時節(とき)の為め日のため年の為に成るべし、又天の穹蒼にありて地を照す光となるべしと、即ち斯くなりぬ、神二の巨(おほい)なる光を造り大なる光に昼を司〔つかさ〕どらしめ小き光に夜を司〔つかさ〕らしめ給ふ、又星を造り給へり……神之を善しと見給へり、夕あり朝ありき、是れ四日なり(十四―十九節)
 
第四日は天体の出現である、神天に日月星晨あらしめよと言ひ給ひて即ち諸〔もろもろ〕の天体現はれ従て四季を生じ又暦を編み得るに至つた。
 神言ひ給ひけるは水には生物(いきもの)饒(さは、おおく)に生じ鳥は天の穹蒼の面に地の上に飛ぶべしと……神之を善しと見給へり。
神之を祝して曰く生めよ繁息(ふえ)よ海の水に充てよ又禽鳥(とり)は地に蕃息(ふえ)よと、夕あり朝ありき、是れ五日なり(二十―廿三節)
 
第五日は水中及び空中の動物の発生である、神の言に従ひて大洋には魚類又は之に類する動物を空中には諸の鳥類を生じ、而して其羽翼の音聞えて地は益々美〔うる〕はしき所となつた。
 神言ひ給ひけるは地は生物を其類に従て出し家畜昆虫(はうもの)と地の獣を其類に従て出すべしと、即ち斯くなりぬ……神之を善しと見給へり、神言ひ給ひけるは我等に象(かたど)りて我等の像(かたち)の如くに我等人を造り海の魚と天空(そら)の鳥と家畜と全地に匍〔は〕ふ所の凡〔すべ〕ての昆虫を治めしめんと、神其像の如くに人を創造(つく)り給へり……神其造りたる凡ての物を見給ひけるに甚だ善かりき、夕あり朝ありき、是れ六日なり(廿四―卅一節)
 
第六日は陸上の動物の発生と人類の創造である神、地は生物を其類に従て出すべしと言ひ給ひて即ち家畜と爬虫〔はちゆう〕(昆虫に非ず蛇類なり)と獣類とが造られた、又最後に神我等に象(かたど)りて人を造らしめよと言ひ給ひて人類が創造せられた、而して人類の創造を以て造化は終局に達したのである、故に第七日に神は其工(わざ)を竣(お)へて安息(やす)み給うたのである。
 
始に光の出現あり、次に天地の区別あり、次に水陸の区別あり併〔あわ〕せて植物の発生あり、次に天体の出現あり、次に水中及び空中の動物の発生あり、最後に陸上の動物の発生及び人類の創造ありて然る後に神は安息に入り給へりといふ、誠に驚くべき記事である、試に之をモーセと同時代の他の人の思想と比較して其の如何に大なる霊感(インスピレーシヨン)なりしかを知る事が出来る、今日と雖も無学の農夫等の間には未だ地球の自転しつゝ太陽の周囲を廻転すといふが如き事実をさへ信ぜざる者が少くない、況〔いわ〕んや今より四千年前に於てをや、モーセ時代の記録にして天地創造を伝へたる者にバビロン人の説がある、曰く「始めタムテと称する巨大なる婦〔おんな〕ありて世界を包めり、然るにベルと称する神来りて此婦を胴より二つに斬りたれば其上部は天に上りて日月星晨となり下部は地球となれり、次にベル神己が僚神を呼び来り自己の首を斬らしめ之より出でし血と土とを混じて万物を造れり云々」と、之を創世記の天地創造説と比較して其差果して如何〔いかん〕、ベル創造説の如きはモーセの記事の前には全く問題とすべからずである。
 
バビロンの天地創造説よりも遥〔はる〕かに優秀なるは我が国史の其れである、松苗著『国史略』は真摯〔しんし〕なる日本歴史として今の文部省編纂〔へんさん〕の歴史の比ではない、而して其開闢(かいびやく)説に曰く天地陰陽の未だ剖判(ほうはん)せざる、渾沌(こんとん)たること鷄子の如し、溟涬(めいけい)にして而して芽を含めり、乃〔すなわ〕ち清軽なる者礴歴(はくれき)して天と為るに至て重濁なる者淹滞〔えんたい〕して地と為る、神聖其中に生るゝ有り云々、之れ大に美はしき思想である、然れども「神聖其中に生るあり」と言ふに至て其の希伯来思想との差如何に甚だしきかを認めざるを得ない、聖書は曰ふ「元始に神天地を創造し給へり」と、日本歴史は曰ふ「神天地の中より生る」と、神若〔も〕し天地の中より生れたる者ならん乎、神は如何にして天地を足下に踏(ふま)へて之を支配する事を得べき、天地創造説の中優秀なるものすら是れである、四千年前のモーセの思想は百年前の日本人の思想よりも遥に偉大且〔か〕つ完美であつた。
 
次に注意すべきは「創造」なる語の用法である、元始に神天地を「創造(つく)り」給へりと言ひ後には皆何々を「造り」と言ひ而して更に廿七節に至て又神其像の如くに人を「創造り」給へりと言ふ、「創造」は希伯来語の「バラー」にして「造」は「アサー」である、前者は特別の創造にして後者は大体の創造である、神元始に宇宙を造り給ひし時には之を特別に創造し給うた、次に水陸又は天体又は植生(しょくせい)又は動物を造り給ひし時には大体の創造に過ぎなかつた、最後に己が像に象りて人を造り給ひし時には再び特別の創造を行ひ給うた、即ち知る聖書は始より人に特別の重きを措く事を、人を地上に存置して之を撫育〔ぶいく〕する事が神の造化の目的であつた、此故に神は人を造るに当つて新しき造化を行ひ給うたのである、人は万物よりも貴しといふ、誠に然りである、一人の乳児はアラビヤ名馬百万頭に勝る、全世界を以てするも人一人の貴きには及ばない、然らば何人が此真理を教へたのである乎、聖書を措(お)いて他に之を教ふる者は何処〔どこ〕にもないのである。〔以上、310
 
其二(一月十二日)
宗教と科学、創世記第一章の記事と近世の天然科学との調和、モーセの言〔ことば〕と天文学動植物学との関係、之れ余輩の青年時代に於ける大なる疑問にして又熱心なる研究の題目であつた、之が為めには幾百冊の書を繙(ひもと)いた、殊に瑞西(スイス)の学者にして後米国に移住したるアーノルド・ギヨーの創世記第一章論、加奈陀〔カナダ〕の学者ドーソンの著等は余輩の最も精読したる所であつた、然るに今日の青年にして斯の如き問題を憂ふる者果して幾人ある乎、近世人は甚だ悠暢(のんき)である、彼等は宗教と科学との衝突の如きを意に介しない、彼等の或者は単(ひとえ)に聖書の言を執りて学者の所説には一顧をも与へない、又或者は学問と宗教との調和の如き到底不可能なりと称して二者を別個に両立せしめんと欲する、又或者は近世科学に符合せざる聖書の記事を以て全く迷妄〔めいもう〕なりとして之を葬り去るのである。
 
而して実にモーセの言中近世科学と符合(ふごう)せざるが如くに見ゆるものは少くない、例へば一日にして水陸の区別成り一日にして植生悉〔ことごと〕く出現し一日にして諸動物みな発生したりと言ふが如き之である、或人の計算に由れば地球の成立には一億年又は三四億年又は十五億年以上を費せりと言ふ、石炭層の形成のみにても少くとも九百万年を要したりと言ふ、然るに之を一日と称するは如何〔いかん〕、又例へば第四日に太陽と月と星との造られたりといふが如きも然(さ)うである、星の出現は地球の成立即〔すなわ〕ち水陸の区別よりも遥〔はるか〕に以前の事に属するのである、また神植物を造り禽鳥(きんちょう)を造り家畜と爬虫(はちゅう)と獣類とを造れりと言ひて恰〔あたか〕も幼稚園の小児の玩具を作製するが如き観がある、植物又は動物は神に由て直接に造られたものではない、自然の進化発達を経て今日に至りしものである、故にモーセの記事は進化論と天文学とに背く非科学的思想なりとして排斥せらるゝのである。
 
然しながらまづ考ふべきはモーセの時代である、今より四千年前、神武天皇が我等と相距る丈け更に以前に溯〔さかのぼ〕りて我等と相距る人の筆に成りし天地創造説として果して斯の如き記事を想像し得る乎、試に聖書以外の天地創造説を見よ、かのバビロン伝説の如きは殆〔ほとん〕ど意味を為さず之を批評するの価値だになきものである、加之〔しかのみならず〕近世人は今日の科学を誇ると雖〔いえど〕も今より四千年後に及びて今日の科学を批評する者は之を何と言ふであらう乎、モーセの記事は時代的に見て確に驚嘆すべき記事である。
 
更に少しくモーセに対し同情ある観察を下さん乎、最初に光出現したりとの観念の如きは人の思想の到底及ばざる所である、光はたゞ太陽より来るとは今より百五十年前に至る迄〔まで〕人類普通の思想であつた、何人も太陽を離れて光を考ふる事は出来なかつた、何〔いず〕れの国民も神と言へば光を思ひ光と言へば太陽を思ひしが故に太陽を神として拝したのである、然るに言あり、曰く「太陽未〔いま〕だ造られざるに先だちて既に光ありき」とこは果して何人の言である乎、空想乎、諷刺(ふうし)乎、否〔いな〕之れ天よりの啓示(しめし)であつたのである、而して天然学者は漸〔ようや〕く近来に至りて太陽以外に光ありとの事実に注意するに至つた、電気の光即ち是れである、所謂〔いわゆる〕北光は電気の作用に由て生ずる光にして太陽と関係なきものである、故に天地尚〔な〕ほ混沌たりし時に方〔あた〕り先づ神光あれと言ひ給ひければ光ありきとは驚くべき思想である。
 
モーセは天地万物発生の順序を示して曰うた、始に植物、次に動物、最後に人類と、而して動物中にありては先づ魚類あり次に鳥類あり次に爬虫と家畜と獣類ありと、若〔も〕し地質学者をして種々なる標本(ひょうほん)の陳列に由て進化の順序を表はさしめば斯の如く簡単なる能〔あた〕はず其の境界複合(ふくごう)して截然(さいぜん)と相分つ事が出来ないであらう、然しながら万物創造の大略を教へんと欲せばモーセの如くに言ふの他ないのである、其順序は真実にして其説明は最良である、故にモーセの言は大体に於て決して誤らずと言ふ事が出来る。
 
かの四日目に日と月と星との造られたりと言ふに至ては一見非科学的の甚だしきものゝ如くである、然れども学者の研究に由れば地球は石炭の形成せらるゝ迄混沌(こんとん)たる状態にありしが石炭の形成と共に空気清澄(せいちょう)となり初めて太陽の光之に達したりといふ、故に地球の立場よりすれば四日目に至て日と月と星とが出現したのである。
 
勿論現今の緻密〔ちみつ〕なる学問より言はゞモーセの記事中非科学的と見ゆるもの少からずと雖も之れ必ずしも其誤まれるが故ではない、未だ明白ならずと言ふに過ぎない、加之其の大体に於て正確なる事は之を疑ふことが出来ない、大体に於てモーセの記事は科学的である、然しながら聖書は本来科学の教科書ではない、聖書は天然に就ては其の道徳的又は信仰的方面を教ふるものである、神と天然との関係如何、神の子は如何に天然を見るべき乎、之れ聖書の明かにせんと欲する所である、而して此立場よりして我等は科学の示す能はざる多くの貴き真理を聖書より学ぶのである。
 
 
「神光あれと言ひ給ひければ光ありき」、「神言ひ給ひけるは云々」と、之れ造化の一段毎〔ごと〕に繰返さるゝ語である、而して此語の中に極めて深遠なる真理がある、「神言ひ給ひければ」、然り始なく終なく一切の能力(ちから)を己(おのれ)に備へ給ふ神云々と言ひ給へば即ち其事実現するのである、聖書に謂(い)ふ所の言は唯〔ただ〕の「言」ではない、希伯来〔ヘブライ〕語の「ダバール」に二重の意味がある、初に思想あり而して後に行為ある時之を称して「言」といふ、神光あれと言ひ給ふ時まつ神に光を造らんとの思想がある、而して之を行為に実現して即ち光が在るのである、信仰の立場より見て神の天地万物の創造は皆此順序に由て行はれたるものである、初に神に造化の思想あり、而して後に之を行為に実現して造化は成つたのである、造化の根源は神の思想にある。
 
如何にして此事を知り得る乎、之を試験する能はず然しながら之を各自の信仰上の実験に由て知る事が出来る、神を識らずキリストを識らざりし余が如何にして今の光を有するに至りし乎、余自〔みずか〕ら之を知らずと雖も或〔あるい〕は余が銃を肩にして山野を跋渉(ばっしょう)したる時か或は余の睡眠中か何時(いつ)か神の思想が余の心に臨んだのである、而して之に由て余はキリストの十字架が余の生命(いのち)の源なる事を知つたのである、此事を説明せんとして何と言ふべき乎、「神此罪人(つみびと)に光あれと言ひ給ひければ光ありき」といふの他(ほか)なし、余の光も亦〔また〕神の思想より来たのである、その如く天地万物の根源は神の思想にある、「神云々と言ひ給ひければ斯く成りぬ」である。
 
「夕あり朝ありき之れ一日なり」と、或は之をユダヤ思想なりと言ふ、ユダヤ人の一日は日没(にちぼつ)より日没迄なりしが故である、然しながらユダヤ人の此観念は却〔かえつ〕て創世記の記事より来たのであらう、此語の深き真理を説明するものも又ユダヤ思想に非ずして各自の信仰上の実験である、或時我等の心に光臨みて之を照し歓喜と感謝を以て溢るゝ事がある、之れ朝である、然るに漸く進みて或所に至れば又暗黒に陥らざるを得ない、之れ夕である、其時神云々あれと言ひ給へば忽〔たちま〕ち新なる光臨み来りて再び朝となるのである、キリストの贖罪〔しよくざい〕は三十年間余を慰めたる光であつた、然るに或る所に至りて余は之のみを以ては到底堪へ難きを感じた、其時余の心は暗黒の夕であつた、而して神又光あれと言ひ給ひければ茲〔ここ〕にキリスト再臨の新しき光は余の心に臨んで余は再び輝く朝を迎へたのである、誠に夕あり朝ありき之れ一日なりである、詩人ホワイトの歌ひし如き人の初めて宵(よい)の明星(みょうじょう)を仰ぎし時の経験は我等各自も亦之を有するのである。
 
天地も亦然り、初め各種の植物発生して地はいと美〔うる〕はしくあつた、然しながら其の繁殖の極に達したる時は行き詰りの夕であつた、其時神動物あれと言ひ給ひければ動物出でゝ又新天地は開けたのである、之れ聖書の宇宙万物観である、夕あり朝ありき是れ一日なり天地は此順序に由て創造せられ我等の小なる霊魂も亦此順序に由て救はる、彼を造りし神は同じ法則を以てこれを護(まも)り給ふのである、大地球の発達の歴史を証明するものは我等の信仰の実験である、宗教と科学との調和は此処〔ここ〕に之を発見すべきである。
 
夕あり朝ありき、而して今は又夕に迫つたのではない乎、世界は再び暗黒に陥つたのではない乎、暴逆(ばうぎやく)なる独逸(ドイツ)は滅びて新しき平和は世に臨みつゝある、然しながら何よりも確実なるは之に由て黄金(わうごん)時代の実現せざる事である、或は恐る今年のクリスマスに至らざる以前全人類の大なる不平が勃発するのではあるまい乎、凡〔すべ〕ての方面より観察して世界は今や夕に到りしの徴候顕著である、然らば世界は之を以て終るのである乎、否、神既に六度び光あれと言ひ給ひければ新しき光臨みしが如く神今一度び光あれと言ひ給ひて大なる新生命は我等に臨むのである、神の言に従ひて光出で植物出で動物出で最後に神又新しき生命あれと言ひ給ひて人類は生れた、今や人類の夕に達したる時神は必ず再び新しき生命あれと言ひ給ふであらう、而して我等の未だ実験せざる驚くべき大生命が世界に顕はれ出づるであらう。
 
余は今朝雑司ケ谷の地に愛する女(むすめ)の墓を見舞うた、墓地は益々繁昌(はんじょう)しつゝある、多分今より五十年後には此堂に在る者亦みな墓の中に眠るであらう、而して命日(めいにち)毎に友人に由て其墓を飾らるゝのみを以て神の仕事は終るのであらう乎、始(はじめ)に神光あれと言ひて大なる努力を費して創(はじ)め給ひし造化が遂に墓を以て終るのである乎、神若〔も〕し神ならずとせば即ち已〔や〕む、然れども神が神たる以上は人生は墓を以て終るべからず、造化の終局は其元始(はじめ)の如く亦神らしきものでなければならない、故に聖書は曰ふ、「更に新しき日来らん、其日には神を信じて死したる者は新しき体(からだ)を以て墓より起き出で新しき生命に入るなり」と、迷妄か非科学的か、然し乍〔なが〕ら是より以下のものを以て人は満足する事が出来ないのである、我等の信ずる神は生命(いのち)の神である、故に彼は冷(つめた)き土(つち)の中に我等を終らしめ給はない、「ラザロよ起きよ」と呼び給ひし同じ声が我等に掛(か)かる時我等は栄光の体を以て甦(よみがへ)るのである。
 
造化は未だ完成に達しない、宇宙万物は其完成を待ちつゝある而して宗教の目的は人をして限なき新生命を以て新しき天地に棲息(せいそく)せしむるにある其時に於て神の造化は初めて完成に達するのである、創世記第一章の教ふる所は之である、そは唯に過去の事実の記録ではない、未来の恩恵の預言である、人類永遠の希望の約束であ
る。〔以上、4・10