いのちの大切さといとおしさ(3)

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1コリント 15:3 私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、
15:4 また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、
15:5 また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。

生きるのに一番大切なこととして、聖書では、キリスト(救い主という意味)イエス様が、人間が本来死罪になる罪を犯していたのを、イエス様が肩代わりして人間の代わりに十字架に架かって下さり、死を受け入れて下さったが故に、人間の罪は許され、またイエス様は死後3日後によみがえって、今も生きておられる、という人間にとっての罪(すなわち 死)からの救いの提供が神によって成されているよ、と言う良き知らせ、を福音(Good News)というのですが、どうしてそれが一番大切かというと、人間が先ず生まれたときから罪の性質を持って生まれてきているからです。
それはアダムとエバが神に背いたことからエデンの園を追われ以来人間はその罪の性質を持って代々生きてきたのです。ですから戦争や人殺しが何時の時代に於いても耐えることなく続いてきているのです。

マルコ 7:20 またイエスは言われた。「人から出るもの、これが、人を汚すのです。
7:21 内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、
7:22 姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、
7:23 これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。

人間は性悪説そのものです。善をしたいと思ってもそれは偽善でしかないのです。心の奥には自分を誇ろうという思いが必ずあるからなのです。その罪の世界から人を救い出して下さる方が「救い主、イエス様」なのです。(つづく)