内村鑑三 マタイ伝 57講〔マタイ〕伝第十六章一より三節まで

57 マタイ伝
 
第二回夏期講談会に於て読まれし聖書の部分並に其略註
明治34825 『聖書之研究』12号「註解」    署名内村鑑三
 
第一日馬太〔マタイ〕伝第十六章一より三節まで
パリサイとサドカイの人きたりてイエスを試んとて天の休徴(しるし)を我儕〔われら〕に見せよと曰ひければ、彼等に答へけるは爾曹〔なんじら〕暮〔ゆうべ〕には夕紅(ゆうやけ)に由りて晴(はれ)ならんと言ひ、晨(あした)には朝紅(あさやけ)また曇(くもり)に由りて今日は雨ならんといふ、偽善者よ空の景色(けしき)を別つことを知りて時の休徴を別ち能はざる乎、時勢の休徴を知るは空の景色(けしき)を別つが如く易し、只之を解するの心を要するのみ、夕紅(ゆうやけ)は晴を意味し、朝紅(あさやけ)は雨を示す、是れパレスチナに於けるも日本に於けるも異なることなし、然れども天候を予知し得るの世の人は時勢を覚〔さと〕るの明を有せず、是れ彼等の心の頑愚なるに由らずんばあらず。日本今日の時勢の休徴、是れ解し難きの休徴にあらず、文明の利器は備はつて社会人心の腐敗は其底止〔ていし〕する所を知らず、今は正直なる事は何事も成功せざる時とは成りぬ、社会改良其物すら画し得て就し難〔な〕き事とはなりぬ、是れ如何なる休徴なる乎。
是れ人心が神を要求するの休徴ならざるべからず、信仰、熱心、誠実、是れ我邦今日の最大要求物ならざるべからず、宗教問題は我国刻下の最大問題なり、我国の志士たる者今や大に此事に目を注がざるべからず。
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